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給与明細で残業時間を明示しない固定残業手当の支払

目次

給与明細に残業時間を明示しない固定残業手当の支払の有効性

固定残業代を支払うにあたって、給与明細等に残業時間を明示していない場合、残業代の支払いとして認めらるのでしょうか。

毎月の残業時間を明示した方が望ましいですが、明示していない場合でも、固定残業代の支払として肯定した裁判例があります。

残業時間を明示しない固定残業手当の支払いを有効とした事例

事案の概要

フーリッシュ事件(大阪地裁R3.1.12判決・労働判例1255号90頁)

  • 原告は、被告の経営する洋菓子店にて、パティシエとして勤務していた。
  • 原告は、基本給のほか、固定残業手当を支給されていた。
  • 雇用契約書には、固定残業手当の金額が明記されていた。
  • 被告は、毎月の給与支給の際、支給した固定残業代が何時間分の時間外労働の対価であるかを明示していなかった。
  • 固定残業代で賄われる労働時間数を超過した場合に、別途清算する旨の合意や周知もなかった。
  • 原告は、固定残業代の定めが無効であるから、基本給に固定残業代として支給された賃金を組み入れて、割増賃金額を計算するべきだと主張した。

争点

  • 本件の固定残業制の有効性
    • 給与明細に残業時間を明示しない固定残業手当の支払いを残業代の支払として認められるか。

裁判所の判断 

本件の固定残業制の有効性

裁判所は、本件の固定残業制は有効であり、固定残業手当の支払いは、有効な残業代の支払として認められると判断しました。

その理由をまとめると次のとおりです。

① 雇用契約書には、固定残業手当が月2万6000円である旨が明記されており、原告は、固定残業手当の定めの存在を認識していた。

② 毎月の給与明細書には,固定残業手当として2万6000円又は2万9000円が計上されていた。原告はこれについて特段の異議を述べた形跡はなかった。

④ 固定残業手当は,その名称からも、これが通常の労働時間の賃金ではなく、時間外労働等の割増賃金として支払われる手当であることを容易に理解することができた。

上記①から④の事情からすれば、本件の固定残業手当は、残業代の支払として認められ、かつ、当該手当が基本給とは別に定められている。➡その全額が時間外労働等に対する対価 ➡ 本件の固定残業手当の支払は、残業代の支払と認められる。

給与明細に残業時間が明示されていない場合の固定残業の有効性

裁判所は、毎月の賃金の支給に際し、支給された固定残業代が何時間分の時間外労働の対価として支払われたものであるかを明示されていなくとも、固定残業制が有効であるという上記の判断に影響はないとしました。

固定残業代を超えた場合の精算合意がなく、その旨を就業規則で周知していない点

裁判所は、「当該固定残業代で賄われる時間外労働時間数を超えて時間外労働が行われた場合に別途精算する旨の合意がなく,その旨を就業規則で周知してもいなかったことをもって,固定残業代の定めは無効である旨主張するが,それらの事情が存するとしても,上記認定を左右しない。原告の主張は採用できない。」と判断しました。

なお、本件では、固定残業制は有効であり、固定残業代の支払は残業代の支払として認められると判断されましたが、労働時間(残業時間)についても別途争点となっており、この点については、原告(労働者側)の主張が認められ、残業代の請求が認容されています。

固定残業制の給与明細の記載内容

裁判例の内容からすると、固定残業制の場合に、給与明細に残業時間を記載しなくても構わないと考えていいのでしょうか。

上記事件では、給与明細に残業時間が明示されていなくとも、固定残業制としては有効であり、固定残業手当の支払が残業代の支払として認められると判断しています。

残業時間が記載されていないことだけで、固定残業制が無効となることはありません。

しかし、固定残業制はその有効性が争われることが多い制度です。

有効な固定残業制となっているか、雇用契約書、就業規則、給与明細の内容、賃金支払いの実態について、残業代請求等の紛争に精通した弁護士または社会保険労務士に相談した上で運用することを強くお勧めします。

なぜ、固定残業制は有効性について争われることが多いのでしょうか。

例えば、残業時間が明示されていないと、固定残業代を超過した残業代の精算が行われているのかについて、労働者側が確認することが難しいです。

その結果、会社に対する不信感を招き、残業時間が正確に計算されていないとの疑念から、未払残業代請求事件を誘発しかねません。

残業代請求事件の多くは、労働者側が会社が嘘をついていると不信感を持ったことがきっかけとなるケースが経験上非常に多いです。

また、固定残業制は会社側が都合よく運用しており、判例で示された条件を満たしていないケースが多く、かつ、固定残業制が否定された場合、固定残業代部分も基本給に含めて残業代を算出するため、請求額が非常に高額になります。

そのため、労働者本人にとっても、相談を受けた弁護士にとっても、訴訟提起して残業代請求するインセンティブが強く働くのです。

なるほど、固定残業制はリスクがある制度なので、慎重に運用する必要があるということですね。

残業時間についても給与明細で明示する方向で検討します。

残業代請求事件の多くは、労働者側が会社が嘘をついていると不信感を持ったことがきっかけとなるケースが経験上非常に多いです。

固定残業の場合には特に残業時間を明示した方が紛争を避けることができると考えます。

従業員も、固定残業制において予定された残業時間に足りていなければ、もう少し頑張って仕事をしようと考えるきっかけになる場合もあるでしょう。

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