労働時間に関する基本的な考え方
残業代を計算する際の労働時間(残業時間)は、就業規則に定められた時間によって決まるわけではありません。
労働実態によって決まります。
この点、最高裁は、「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではない」と考えています(三菱重工長崎造船所事件 最高裁平成12年3月9日判決)。
※三菱重工長崎造船事件 最高裁平成12年3月9日判決については、「作業服等に着替えるための時間は労働時間? 労働時間とは」において、わかり易く解説しています。
労働時間=指揮命令下 におかれた時間ですが、実際の裁判で、指揮命令下にあったかどうかはどのように判断されるのでしょうか。
一般的にはタイムカードや勤怠ソフトを使用していれば、これらに打刻にされた始業時刻と終業時刻を基本に労働時間が認定されることが多いです。
しかし、残業時間を含む労働時間をどのように認定するのか、どの証拠によって認定するのかについて、法律に具体的なルールが定められているわけではありません。
運送業界をはじめ、タイムカードを利用していないケースもあるため、裁判で労働時間(残業時間)が争いになります。こうしたケースでどのような証拠に基づいて労働時間が認定されたか紹介します。
運送会社に関する裁判例
タコグラフ(タコメーター、運行記録計)
大虎運輸事件・大阪地判H18.6.15労働判例924号72頁
トラックに設置されたタコメーターの記録に基づき原告・被告双方が作成した時間表を比較し、原告側が作成した時間表が信用できるとして時間外労働時間を算定した事例です。
タコグラフによりドライバーの労働時間を認定する事例は多いです。特に車両が稼働していれば、労働していたと認定されやすい業界であるため、タコグラフに記録された車両の稼働開始時刻が始業時刻、帰庫時刻が終業時刻と認定されるのが一般です。
ただし、稼働前や帰庫後の準備や片付け時間が付加される場合もあります。
タコグラフに基づき始業時刻と終業時刻が認定されたとしても、その間の休憩時間の有無がし烈に争われることが多いです。
上記の大虎運輸事件で裁判所は、「原告らは,配送先である目的地に到着し,荷下ろしの作業を終え,次の仕事の指示を待つ間,拘束されているとはいえない。仮に,被告から突然の指示が来ても,これに応じるか応じないかは,原告らの状況に基づき,原告らが自ら応諾するかしないかを判断することが許されていたことが認められる(〈人証略〉)。そうすると,上記時間帯は,被告の指揮命令下に置かれていたと評価することはできず,いわゆる手待ち時間とはいえず,労働時間には該当しないというべきである。」として、手待ち時間を休憩時間である(労働時間ではない)と判断しました。
また、同裁判所は、「原告乙山は,比較的遠方の目的地(東北地方)への運送業務に従事しており,大阪を出発した後,目的地に到着するまでの間,相当長時間運転業務に従事しなければならないことから,途中,相当程度の時間,休憩をとっていたことが窺えるが,上記時間については,相当まとまった時間であることを考えると,休憩時間と考えるべきである(もちろん,それ以外にも,原告両名は,運送業務に従事中,トイレ休憩を始め,一定の頻度で休憩をとっていたことが窺える。)。」と認定し、車両が相当の間駐車していた時間については、休憩であると判断しました。
POSシステム
大阪エムケイ事件・大阪地判平21.9.24労判994号20頁
POSシステムに記録された出庫・入庫等の時刻から時間外労働時間を算出した事例です。
本件では、10分間停車した場合に自動的に休憩と評価する仕組みとなっていましたが、裁判所は、そのまま休憩時間と評価しませんでした。デジタコの設定上、10分以上停車した場合、自動的に休憩時間として評価することにしている運送会社も少なくないと思われますが、裁判になった場合、当然に休憩時間と認定されるわけではありません。
停車していた場所、状況等についても記録し、ドライバ―との間で休憩と評価することを毎日または毎月確認することをおすすめします。
その他の業界の始業時刻・終業時刻の認定例
店の開店・閉店時刻を基準とした事例
三栄珈琲事件・大阪地判H3.2.26労判586号80頁
喫茶店の開店・閉店時刻を基準として、これに準備時間等を加えて労働時間を算定した事例です。
店舗の開店・閉店時間は客観的に認定しうる時間です。開店から閉店までの間、勤務していたと認定できる立場の労働者であることが前提でしょう。
業務上取り扱う機器や文書に記録された時刻を基準とした事例
PE&HR事件・束京地判H18.11.10労判931号65頁
パソコンのログデータによって時間外労働j間を算定した事例です。
オフィスワークでよく利用される方法です。OS、クラウドサービスなど様々なレイヤー、ソフトがありますので、会社としても、パソコンに記録されている時刻というのは参考になります。
ウェブブラウザの閲覧履歴やアプリの利用履歴などから、会社に残っていたが業務に従事していないかった旨反論することも可能です。
竹屋ほか事件・津地判平29.1.30労判1160号72頁
GPSの記録から推定された資料に基づき時間外労働時間を認定した事例です。
京都銀行事件・大阪高判H13.6.28労判811号5頁
金庫開閉等の時刻を基準に時間外労働時間を算定した事例です。
金庫開閉等の時間ということで、やや特殊な事例ですが、業務の最初と最後の取り扱う機器に記録されている時刻に基づき労働時間を認定するという意味で参考になります。
トップ事件・大阪地判H19.1025労判953号27頁
始業時刻は勤務リスト、終業時刻は日報等がFAX送信された時刻により認定した事例です。
始業時刻と終業時刻で異なる資料に基づいて労働時間が認定されることがあります。
トムの庭事件・東京地判H21.4.16労判985号42頁
始業時刻を営業開始時刻、終業時刻をレジを締めた時刻に15分を加えた時刻を認定した事例です。
オリエンタルモーター事件・東京地判H25.11.21労判1086号52頁
ICカードにより記録された入退室時刻を判断の基礎としましたが、同時刻に従って労働時間と認定しなかった事例です。
施設内に留まっているとしても、労働していたことの証明はないと判断されました。
労働者が作成していた記録
藤ビルメンテナンス事件・東京地判H20.3.21労判967号35頁)
廃棄物の収集業務に従事する従業員から提出された「地域別収集状況」により労働時間を認定
フォーシーズンズプレス事件・東京地判H20.5.27労判962号86頁
業務と関連なく作成していた労働者の手帳に基づき認定(肯定)
セントラル・パーク事件・岡山地判H19.3.27労判941号23頁)
労働者の手帳の記載に基づき認定できない(否定)
残業時間認定のポイント
裁判所は、タイムカードをはじめ、機械的に記録された情報に基づいて始業時刻と終業時刻を認定し、その間、指揮命令下で業務に従事していれば、労働時間と認定します。
会社側としては、労働時間を正確に把握するために、タイムカード、タコグラフなどの客観的記録により始業時刻と終業時刻を認定できるように準備し、そうした記録を保存しておく必要があります。
労働時間を記録できる機器を備えつけることによって、残業代請求にリスクが高まると考える経営者がいらっしゃいますが、逆です。そもそも、会社側に労働時間を把握する義務がありますし、労働時間が客観的に認定できる方がリスクを回避できます。
始業時刻と終業時刻が客観的に確定されても、手待ち時間、仮眠時間など、休憩時間なのか労働時間なのか争いが生じる時間帯もあります。
こうした時間等についても、GPS機能付きのデジタルタコグラフにより場所を特定し、その記録を印刷した日報に基づき、労使双方で休憩時間を合意して、同日報に署名するなどして記録を残しておくことをおすすめします。
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関連条文・文献
労働基準法抜粋
(労働時間)
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
参考になる文献・サイト
・労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省)
裁判における労働時間を認定するための証拠の問題とは別に、労働基準法上、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有しています。具体的な労働時間の把握方法については、厚生労働省が上記のとおりガイドラインを出していますので、参考にしてください。